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たちまちの春(花の都)

一週間前に御所に桃と梅を観てきたばかりだというのに、この暖かさに一気に桜が満開となった。
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15年ほど前は、あと何度、満開の桜が見れるだろうかと思ったものだが、最近はそんなことも考えなくなっている。
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きっとそれが最後の桜とも知らずに過ぎて逝くのだろう。


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# by takumi1956 | 2015-04-02 21:57 | 京都

雪の京都の元旦

昼すぎまで寝正月していて、窓のカーテンを開けたら、一面の雪になっていた。
スパゲッティをチンして食べてから、カメラをもって完全防寒で平安神宮に行き、潜入して写真を撮ったのだけど、もう暗くなり始めていてうまく撮れず、残念。大晦日からずっと、日本エレキテル連合のYoutubeを見続けていたのがいけなかったなあ。
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# by takumi1956 | 2015-01-01 21:03 | 京都

色づく街

紅葉の街
京大生協からの帰り道
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哲学の道の紅葉
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# by takumi1956 | 2014-11-30 16:12 | 京都

東福寺

東福寺の紅葉をはじめて見に行ってきた。
連休で大変な人出で、通天橋を渡るのも
まるで満員電車のようだった。
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晴れていい天気だったが、
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私は雨にぬれた紅葉の方も見たい気がした。

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帰りに五条のe-fishカフェに寄る。
着物姿のお嬢さん二人が
鴨川を見下ろす席にいて風情があった。
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# by takumi1956 | 2014-11-25 20:40

トロペアの海

トロペアの海
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# by takumi1956 | 2014-11-07 21:54

ジョバンニ・ヴェルガの「赤毛のマルペーロ」

“Rosso Malpelo” di Giovanni Verga
ジョバンニ・ヴェルガの「赤毛のマルペーロ」
ひさしぶりに再読。やはり胸がかきむしられるような感動をおぼえた。
イタリア語初級者のための歴史書に、シチリアの硫黄鉱山で働いていた子どもたちについてのコラムがあった。google翻訳での機械訳をここに転記する。ヴェルガの短編は鉱山労働についてのルポルタージュでもあったのだ。

鉱山での労働
18世紀イタリアで最も過酷な仕事の一つは、鉱山の労働だった。シチリア島には硫黄鉱山がたくさんあり、そこでの労働条件は非常にきびしかった。鉱石を取るために、すべての作業は、ピックとシャベルの、手作業で行われていた。地下トンネルを掘る必要があった。男はほとんど動くことできるだけの、トンネルは、しばしば、非常に小さく、低いと1メートル、幅30以上、もう少しだった。それから、彼らは、彼らがどこにでも小さいので来て8から11歳の子供たちを、作業していた。そして、彼らは子供の頃から、彼らは懸命に働くことを余儀なくされたのに、大人の労働者よりもはるかに安い金額しか支払られなかった。鉱山は温度が50度以上に達し、ピックで岩を破壊し、地下数百メートルに25または30ポンドの袋を運び、1日、時間から10時間、働かなければならなかった。子どもは少し大きな大人として、70と80ポンドの袋を運ぶ、10または12時間のために働いて。大人の労働者は、一日あたり3~3.5リラを獲得したが、子供たちが0.5〜2リラを与えられただけだった。最も脆弱な子どもたちも、一日あたり0.35リラを得た。多くの子どもたちは、労働者の子供か(彼は少しましな扱いをうけた)、あるいは、家族がいないか、あるいは、彼らの給料を取りたかった両親によって鉱山に放棄された子どもだった。こうした親のために、労働条件はさらに悪化した。月曜日から土曜日までの一週間、家に帰らないで労働者と子どもたちが大部屋で眠った。彼らは一週間、家からパンを持ってきて、たまにスープといっしょに、それだけを食べた。
Il lavoro nelle miniere
Nell'800 uno dei lavori più duri era quello delle miniere. In Sicilia c'erano molte miniere di zolfo, dove le condizioni erano pesantissime. Bisognava scavare delle gallerie sottoterra per prendere il minerale e tutto il lavoro era fatto a mano, con il piccone e la pala. A volte le gallerie erano molto piccole, basse e larghe 1 metro e 30 o poco di più, cosi che un uomo non poteva quasi muoversi. Allora si facevano lavorare i bambini dagli 8 agli 11 anni, che essendo piccoli arrivavano dappertutto. E poi, siccome erano bambini, venivano pagati molto meno di un operaio, anche se erano costretti a un lavoro durissimo. Nelle miniere la temperatura arrivava a 50 gradi e più e i bambini dovevano lavorare dalle 8 alle 10 ore al giorno, rompendo la roccia con il piccone e portando sacchi di 25 o 30 chili per centinaia di metri sottoterra. I ragazzi un po’ più grandi lavoravano per 10 o 12 ore al giorno, portando sacchi di 70 e 80 chili, come gli adulti. Un operaio adulto guadagnava da 3 a 3,5 lire al giorno, mentre ai bambini davano da 0,5 a 2 lire; i bambini più deboli guadagnavano anche 0,35 lire al giorno. Molti bambini erano figli degli operai ed erano trattati un po’ meglio, altri invece non avevano una famiglia o erano abbandonati in miniera dai genitori, che volevano solo prendere la loro paga: per questi la situazione era molto peggiore. Operai e bambini non tornavano a casa per tutta la settimana: da lunedì a sabato dormivano in grandi stanzoni. Portavano con sé da casa il pane per tutta la settimana e mangiavano quasi solo quello, a volte accompagnato da qualche minestra.

Gabriele Pallotti ・Giorgio Cavadi  “Che Storia! La Storia Italiana Raccontata in Modo Semplice e Chiaro” Bonacci editore, Roma,2012, p.103
写真: “Rosso Malpelo” di Giovanni Vergaジョバンニ・ヴェルガの「赤毛のマルペーロ」ひさしぶりに再読。やはり胸がかきむしられるような感動をおぼえた。イタリア語初級者のための歴史書に、シチリアの硫黄鉱山で働いていた子どもたちについてのコラムがあった。google翻訳での機械訳をここに転記する。ヴェルガの短編は鉱山労働についてのルポルタージュでもあったのだ。鉱山での労働 18世紀イタリアで最も過酷な仕事の一つは、鉱山の労働だった。シチリア島には硫黄鉱山がたくさんあり、そこでの労働条件は非常にきびしかった。鉱石を取るために、すべての作業は、ピックとシャベルの、手作業で行われていた。地下トンネルを掘る必要があった。男はほとんど動くことできるだけの、トンネルは、しばしば、非常に小さく、低いと1メートル、幅30以上、もう少しだった。それから、彼らは、彼らがどこにでも小さいので来て8から11歳の子供たちを、作業していた。そして、彼らは子供の頃から、彼らは懸命に働くことを余儀なくされたのに、大人の労働者よりもはるかに安い金額しか支払られなかった。鉱山は温度が50度以上に達し、ピックで岩を破壊し、地下数百メートルに25または30ポンドの袋を運び、1日、時間から10時間、働かなければならなかった。子どもは少し大きな大人として、70と80ポンドの袋を運ぶ、10または12時間のために働いて。大人の労働者は、一日あたり3~3.5リラを獲得したが、子供たちが0.5〜2リラを与えられただけだった。最も脆弱な子どもたちも、一日あたり0.35リラを得た。多くの子どもたちは、労働者の子供か(彼は少しましな扱いをうけた)、あるいは、家族がいないか、あるいは、彼らの給料を取りたかった両親によって鉱山に放棄された子どもだった。こうした親のために、労働条件はさらに悪化した。月曜日から土曜日までの一週間、家に帰らないで労働者と子どもたちが大部屋で眠った。彼らは一週間、家からパンを持ってきて、たまにスープといっしょに、それだけを食べた。Il lavoro nelle miniereNell'800 uno dei lavori più duri era quello delle miniere. In Sicilia c'erano molte miniere di zolfo, dove le condizioni erano pesantissime. Bisognava scavare delle gallerie sottoterra per prendere il minerale e tutto il lavoro era fatto a mano, con il piccone e la pala. A volte le gallerie erano molto piccole, basse e larghe 1 metro e 30 o poco di più, cosi che un uomo non poteva quasi muoversi. Allora si facevano lavorare i bambini dagli 8 agli 11 anni, che essendo piccoli arrivavano dappertutto. E poi, siccome erano bambini, venivano pagati molto meno di un operaio, anche se erano costretti a un lavoro durissimo. Nelle miniere la temperatura arrivava a 50 gradi e più e i bambini dovevano lavorare dalle 8 alle 10 ore al giorno, rompendo la roccia con il piccone e portando sacchi di 25 o 30 chili per centinaia di metri sottoterra. I ragazzi un po’ più grandi lavoravano per 10 o 12 ore al giorno, portando sacchi di 70 e 80 chili, come gli adulti. Un operaio adulto guadagnava da 3 a 3,5 lire al giorno, mentre ai bambini davano da 0,5 a 2 lire; i bambini più deboli guadagnavano anche 0,35 lire al giorno. Molti bambini erano figli degli operai ed erano trattati un po’ meglio, altri invece non avevano una famiglia o erano abbandonati in miniera dai genitori, che volevano solo prendere la loro paga: per questi la situazione era molto peggiore. Operai e bambini non tornavano a casa per tutta la settimana: da lunedì a sabato dormivano in grandi stanzoni. Portavano con sé da casa il pane per tutta la settimana e mangiavano quasi solo quello, a volte accompagnato da qualche minestra.Gabriele Pallotti ・Giorgio Cavadi  “Che Storia! La Storia Italiana Raccontata in Modo Semplice e Chiaro” Bonacci editore, Roma,2012, p.103

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# by takumi1956 | 2014-07-12 05:01 | 読書

ドレスデン

週末、ドレスデンに一泊旅行。
駅前は近代的な町並みが続くが、
エルベ川に近づくと旧市街地となる。
ランドマークはなんといっても
再建された聖母教会。
内部もたいへん美しい。
ドームの上からはドレスデンの街が一望できた。
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宮殿も噴水が見事で、
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この旧市街地はどこを撮っても絵になる。
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夜は聖母教会のなかで
プラハ・フィルの音楽会。
前半はチェコの作曲家作品(?)。
バスの歌い手が出てきてチェコ語の大変見事な歌唱。
後半はモーツワルト。
音がいいのと息が合っているのはさすがに私でもわかった。
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翌日は宮殿の絵画館。
ラファエロ、ティントレット、レンブラント、フェルメールなどの名品を鑑賞。
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エルベのフィレンチェ、という名にふさわしい、優美な街だった。。
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# by takumi1956 | 2013-08-28 03:32 | 旅行

ライプツィヒ

ライプツィヒ
クラスで一日ライプツィヒに出かける。
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自由化運動の拠点となったニコライ教会や
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バッハがカントールを死ぬまで務めたトマス教会などを見て回った。
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ドイツで5番目に大きな街(人口約52万)とのことだが、
すさんだ感じがなくて私はけっこう気に入った。
いくつかのパサージュもパリを思いこそさせ、
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ここが、リトル・パリ、と呼ばれたのもわかる気がする。
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ただクラスメートたちはやっぱりワイマールのほうが好きなようだった。
この街はやはり音楽が有名なので
ぜひいつか一度ここでオペラかクラッシクのコンサートを聞きたいものだと思った。
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# by takumi1956 | 2013-08-16 03:35 | 旅行

公園の中のゲーテの家

ワイマールのイルム川公園を散歩。公園のなかにゲーテの家がある。
英国式庭園を描いた『親和力』の世界を彷彿させる。
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# by takumi1956 | 2013-08-13 21:30 | 旅行

ワイマール

今月の3日からワイマールというドイツの小さな町に来ている。
ここでバウハウス大学の夏期講座に参加するために。
最初は映画のコースを選んでいたのだけど、
応募が少なかったとのことで、コースが成立せず、
急きょ、ドイツ語のコースを選択した。

4日にコース分けのテストがあり、
1から11までのクラスのうち9番目のクラスに配属された。
B2のレベルとのこと。
例のごとく文法テストだと実力以上のクラスに分けられてしまう。
でも年配の女性教員はシャープだけ感じのよい先生だし、
クラスメートも乱暴なロシア人はいなくて、
真面目なロシア青年とウクライナ系のロシア女性、
あとインドネシアや香港人やハンガリー人、イタリア人などさまざまだけど、
みんな感じがよいでできるだけこのクラスで頑張ってみようと思う。

ワイマールはゲーテとシラーがいた事で有名な町だけど、
ゲーテのなにふさわしくとても落ち着いた文化都市だ。
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学生寮から川のある公園を橋でまたぐと宮殿があり、
そこから町の中心となる。
とても見事な景観で
見苦しい近代建築がほとんどない。
とてももと東ドイツだったとは思えないほどだ。
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最初の日、町のツアーを学生のグループでしたのだけど、
庭園に面した元邸宅の博物館からみえる風景は
ゲーテの『親和力』の世界そのものだった
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映画のコースを取れなかったのは残念だけど、
せいぜい、このドイツの良いところを濃縮したような少都市の生活を
満喫しようと思っている。

追伸
こちらは思った以上に暑い日が続いて、
今日、あわててポロシャツを買ったら、
夕方、雷雨となり雹まで降ってきた。
多分、暑くなりすぎたのだろう。
雨中を傘を買ってファッハベルクとい木組みのレストランで
黒ビールと伝統料理を食べた。
味はまあまあだけど、量が多すぎて付け合せが食べきれなかった。
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# by takumi1956 | 2013-08-07 04:00 | 旅行

醍醐寺

醍醐寺は寺の土塀沿いにソメイヨシノが、神さびた様子で咲いていて、境内には大きなしだれ桜がさいていました。
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京都の中心からすこし離れた古い寺ですが、醍醐、朱雀、村上天皇という平安の理想とさられた時代の天皇が帰依した寺だそうです。
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一見鄙びた土壁の寺に桜が咲いて、その隆盛をきわめた往事が、桜の花とともに目の前に現われような気がしました。
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# by takumi1956 | 2013-03-30 13:26 | 京都

蒲郡クラシックホテル

もと蒲郡プリンスホテル。名称は変わったけど、庭も内装も以前のままで、2階のテラスからは竹島、三河大島が浮かぶ三河湾の見事な眺望が広がる。
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ちょうど、つつじ祭りとかで入場料500円も取られてしまったけど、小ぶりだが、なかなかいいお庭だった。
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# by takumi1956 | 2012-05-03 22:53 | 旅行

和カフェたらそ

吉良海岸に面する和カフェたらそ
お店の入り口の階段の前から見えるお店の屋根と三河湾のながめ
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入店をまつ階段からの眺め
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# by takumi1956 | 2012-05-03 20:15 | 旅行

御所の近衛殿跡の糸桜

春の嵐の来る前に御所を散策。しだれ桜がこんなにあるのをはじめて知る。
スパートフォンで適当に撮ってFaceBookにアップしたら、それが近衛殿跡の糸桜という有名な桜であるとの指摘を受けた。
さすがに由緒あるだけあって、おどろおどろしい(笑)。
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# by takumi1956 | 2012-04-04 17:52 | 京都

平安神宮のお庭で

紅梅と、まるで置物のように静止していた白鷺。
きっと写真をとってもらおうとポーズをとっていたにちがいない。
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# by takumi1956 | 2012-04-04 17:48 | 京都

金沢21世紀美術館

京都は雪が積もった。底冷えに日々。
いっそ金沢で雪見酒でもと思う。
以前、金沢で撮った写真を
自分でも忘れていたブログ「私の都市航海」から引っ張って
文章とともに貼り付けることにする。

〔2009年〕5月の下旬に金沢に行ってきた。
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車で若狭の海沿いをぬけて、

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海岸沿いの道を北上。長く伸びた海岸。でも見慣れた茅ヶ崎の海とはちがい、空と海が灰色がかっている。

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お目当ての金沢21世紀美術館。なんと兼六園の斜め向かいという街の一等地にある。
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おしゃれなカフェが在って、住んでいたら毎日でも通いたい。
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現代芸術を見ると何でも現代芸術みたいに見えてくるから不思議だ。
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注)後日、読者の書き込みでこの写真の中の半部だけ写っている女性が
設計者の妹島さん、ご自身だと知る。
どうやら外国の人たちに自分の設計した建物を解説していたらしい。


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# by takumi1956 | 2012-02-19 23:57 | 旅行

奈良ホテル前にて

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# by takumi1956 | 2012-02-09 10:42 | 旅行

ひさしぶりの上京

米原からは雪。
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辻堂団地から歩いてすぐの湘南の海。
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# by takumi1956 | 2011-12-27 22:01 | 旅行

嵐山再訪

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嵐山公園亀山地区の展望台より
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# by takumi1956 | 2011-12-13 15:18 | 京都

嵯峨嵐山の夕日

JR嵯峨嵐山駅の構内から夕日を望む
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# by takumi1956 | 2011-11-29 18:00 | 京都

常寂光寺

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# by takumi1956 | 2011-11-29 03:09 | 京都

大河内山荘

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見事な庭にいつもながら感嘆。
「ただの俳優にあらず」との言葉に同感。
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# by takumi1956 | 2011-11-29 03:00 | 京都

天竜寺

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借景が見事。
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# by takumi1956 | 2011-11-29 02:55 | 京都

圓光寺

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なるほど、住職が自慢していただけのことはある。
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# by takumi1956 | 2011-11-28 03:17 | 京都

和カフェたらそ

吉良海岸ちかくの、和カフェたらそ、からの眺め。
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# by takumi1956 | 2011-11-04 02:33 | 旅行

行楽の秋はじまる

連休の初日、快晴。台風一過、一転して涼しい秋の日となった。
いきなりどっと京都に押し寄せてきた観光客につられて街散策。

三条通のリニューアルした京都文化博物館(旧日本銀行京都支店)。
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六角堂が望めるスタバ。
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# by takumi1956 | 2011-09-23 20:45 | 京都

嵯峨芸術大学

車折神社駅に所用で行く。
「車折」を「くるまざき」と読むということがわからず、ちょっと困惑。
鎌倉時代に後嵯峨天皇がここを通過しようとしたら、
車の引く棒が折れて引き留められたのでそこを祭ったということだそうだが、
どう聞いても「くるまざき」というのは「車裂き」という
車に罪人の手足をつないで裂いたという、処刑法を思い起こさせる。
芸能人もいっぱいお参りして名前の付いた赤い柵を奉納しているのだけど、
私は「車裂き」の音が耳について楽しめなかった。

ついでに近くの嵯峨芸術大学にいった。
図書館が本部から離れて保津川ぞいにある。
ガラス張りのきれいな建物。
一般書を少ないけど、美術書・写真集がたくさんある。
マイビリッジの写真集や映画『ショワ』のビデオもあった。
ちょっと遠くて交通費がかかるけど、
また早起きして来てみることにしてみよう。
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# by takumi1956 | 2011-09-15 21:05 | 京都

犬山城

犬山城に行った。
天守閣を上ってみて、子どもの時以来だと知る。
小さな国宝だけど、眺めはさすがに見事だった。
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# by takumi1956 | 2011-09-14 20:28 | 旅行

熊野橋から琵琶湖疎水を望む

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# by takumi1956 | 2011-09-08 20:33 | 京都

ひさしぶりの上京

白銀台のシェラトン都ホテルに泊まる。
ここはあいかわらず、知名度が低いのだろうか、
今回も格安で泊まれた。

ちかくに八芳園という結婚式場があった。
遠い昔、恵比寿に住み、目黒で食事していた頃も
看板はずっとみたことがあったが、
私はずっと、伊藤園なんかとおなじお茶のメーカーだと思いこんでいた。

こっそり、庭を見学したら、多くの新郎新婦が写真撮影をしていた。
池の錦鯉が何匹も輪になってぐると泳いでいたりして、できすぎた演出。

東京は都心にこんな緑があるから、うらやましい。
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浅草にいったら、昔とは比べものにならないぐらい元気になっていて、
細道に入ったら、やたら年配の人たちが入っていくトンカツ屋がある。
気になって入ったら、ゆたか、とかいう創業60年の店。
お客さんがぱくぱくと食べてさっさと出て行くから、
江戸っ子は気が短いのかと思っていたら、
出てきたトンカツを食べて納得。
おいしいので、ついパクパクと食べてしまうのだ。
これぞ、トンカツ、という感じのトンカツを久しぶりに堪能できた。

仲店のある雷門へ行くと、
アコーデオンとベースと円眼鏡のボーカリスト、と
ビールケースに座って、紙切れでヤキソバ式のパーカッションをしているおっちゃん。
東京大衆歌謡楽団とかいうグループらしい(おちゃんはのぞく)。
戦前の懐メロを歌っていて、観客の年配者に大変受けていた。
おっちゃんのヤキソバの合いの手も素人とは思えないレベル。
最後に、あこがれのハワイ航路、を歌ってくれた。

いいなあ、浅草。
住んでみたくなる夜だった。
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# by takumi1956 | 2011-08-24 23:23 | 旅行