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カテゴリ:美術
  • ヨコハマ・トリエンナーレ
    [ 2011-09-20 20:15 ]
  • 森山大道写真展
    [ 2011-09-02 02:34 ]
  • 長谷川等伯展
    [ 2010-04-14 21:55 ]
  • 荒木経惟『センチメンタルな旅・冬の旅』と溝口健二『雨月物語』
    [ 2009-12-16 20:27 ]
  • 金沢への旅
    [ 2009-02-13 02:35 ]
  • ファイニンガー展
    [ 2008-12-19 13:13 ]
  • ボストン美術館 花鳥画の煌めき-東洋の精華
    [ 2006-01-17 16:40 ]
  • バルテュス展の思い出
    [ 2005-12-27 15:33 ]
  • エドワード・ホッパーの演劇性
    [ 2005-05-05 00:16 ]
ヨコハマ・トリエンナーレ
ヨコハマ・トリエンナーレという国際展に行ってきた。
宿はリッチモンドホテル横浜馬車道。なかなかいいホテルだったけど、週末になると料金が2,3倍に跳ね上がる。

最近の美術展の傾向どうおり、映像作品が多かった。
白い砂の上をほうきを持った女性たちが歩き、前の人の足跡をはき消しているビデオが、ポスターにもなっていて、わりとおもしろかった。

あと、震災の後、作家たちが横浜の街を走り、それを横浜の地図に表示していくという作品もインパクトがあった。

あと泥でつくったカバがおもしろかった。


by takumi1956 | 2011-09-20 20:15 | 美術 | Comments(0)
森山大道写真展
先日、大阪の国立国際美術館で森山大道展を見てきた。

若い人がいっぱいで、その影響力の強さを思い知る。

風景の中を疾走する森山の構えに見ているうちに、森山に同化されそうに自分がいる。
by takumi1956 | 2011-09-02 02:34 | 美術 | Comments(0)
長谷川等伯展
京都国立博物館の長谷川等伯展を観てきた。
平日の午前中に行ったにもかかわらずなんと70分待ち。でも展示はとても充実していた。
『芸術新潮』のコピーに「なんでも描けた、なんでも描いた」とあったが、まさにそんな感じで、細密な仏画から大胆な水墨画までその幅の広さと巧みさは驚かされた。

特に有名な松林図屏風はもともと下書きだったようだ。それを完成品として表装した等伯も等伯だが、もともと下書きだったものを完成した絵として受容できた当時の人々の絵を見る眼も肥えていたのだと思う。
by takumi1956 | 2010-04-14 21:55 | 美術 | Comments(0)
荒木経惟『センチメンタルな旅・冬の旅』と溝口健二『雨月物語』
前々ら気になっていたのだが、荒木経惟『センチメンタルな旅・冬の旅』のキャプションで、急に妻陽子の語りになるところがある。夫荒木に対する感謝の言葉なのだが、あれはどうしてああなのかと。
溝口健二の『雨月物語』の事を考えていてふと気づいた。『雨月物語』のラストシーンで、夫森雅夫が目ざめて家から庭へさらに一周して家にもどるとそれは荒れ果てた家になってしまっているという有名な長回しの後、森(夫)が妻の墓を前にしているところで、妻田中絹代の夫への呼びかけの声が入る。荒木はあのシーンから想を得たのではないだろうか。
『センチメンタルな旅・冬の旅』は妻が不治の病であることを知ってから、その死、葬儀、死後遺された生活へと、荒木の言葉をキャプションにして、映画のように進行する。(荒木はもともと映画の道に進みたかったと聞いたことがある)。映画のカットの連続のように進行する写真集のキャプションに(想像の)妻の声を入れるのは、おそらく彼も熱心に観ただろう『雨月物語』での田中絹代の夫への語りかけを模したもののような気がしてならない。
by takumi1956 | 2009-12-16 20:27 | 美術 | Comments(0)
金沢への旅
金沢の21世紀美術館の杉本博司『歴史の歴史』展を見てきた。

国際的に有名な写真家の杉本博司が、いわば彼自身がキュレーターになって彼の所蔵品と写真で歴史の痕跡をたどり直す展示となっていた(写真も光の痕跡にほかならない)。でもわたしにはやはり彼のSeascapeという作品がいちばん印象にに残った。
タレルの部屋から見上げた青空

県立美術館のカフェでおいしいケーキとコーヒーをいただき、


てくてく歩いて、ひがし茶屋町まで足を伸ばして、丸八というお菓子屋で生菓子と抹茶をいただき、主計町茶屋街を通ってもどった。

翌日も21世紀美術館に行き、図書室で武満徹の「弦楽のためのレクイエム」を聴く。

金沢は京都のいいとこ取りをして、それをのんびりとさせたような感じのとてもいい町だった。
by takumi1956 | 2009-02-13 02:35 | 美術 | Comments(0)
ファイニンガー展
愛知県美術館でライオネル・ファイニンガー展が開催されていたので見てきた。
キュビズムは対象をさまざまになで回すように把握しようとするのだけど、
ファイニンガーはまるでクリスタルガラスを作るように光の帯で画面をすーっと切っていく。
どうしてそういう描き方なのかと常々思っていたけど、彼がバイオリニストの父と歌手の母の子どもとして生まれ、父親から小さい頃からバイオリンを習っていたのを今回知って少しわかったような気がした。
バイオリンは弦に対し一定の角度をつけてまっすぐに弦を引いていく。するとそこから音が空気の中を光のように広がりのびていく。一つ一つの弦に対してはそれぞれ一定の角度をつけて弦を引いて行かなくてはいけない。べつの弦を引くときはべつの角度をもって引く。弦の角度はきっちりと分かれていなくてはいけない。絵を描くときもおなじようにして、彼は弦を引くように、まっすぐの光の帯(直方体)をいくつも引いていって、それで空間をまるでクリスタルガラスのようにカッティングしていき、画面を構成していったのだろう。そうして音は空にの中を光のようにひろがっていくのだろう。
ファイニンガーの絵の中のクリスタルガラスのカッティングのような光の線を見るとき、私は卓越したバイオリニストの弓さばきをみるような気がした。

by takumi1956 | 2008-12-19 13:13 | 美術 | Comments(0)
ボストン美術館 花鳥画の煌めき-東洋の精華
名古屋に行ったついでに名古屋ボストン美術館に行った。
「花鳥画の煌めき-東洋の精華」という展覧会が開かれていた。
すごく空いていた。
鳥の描写もさることながら、花の描写がひどくなまめかしくエロチックだった。

《萬有同春図》(部分)
by takumi1956 | 2006-01-17 16:40 | 美術 | Comments(0)
バルテュス展の思い出
2001年の9月にヴェネチアのパラッツォ・グラッシPalazzo Grassiで開催されたBalthus展を見ました。同年二月になくなった彼の最初の回顧展だったと思います。
この回顧展では、ピエロ・デラ・フランチェスカの模写が展示してあり、バルテュスの独自な空間がピエロの強い影響下にあることを知ることができ、得心した気がしました。


あと「犠牲」という裸の女性が横たわった絵があったのですが、お腹の部分がずいぶん厚塗りになっており、よく見るとそれはお腹を刺して血だらけになった絵を描いた上に厚塗りをしてふつうの腹部のように描き直していることがわかりました。実物を見てみるというのはやはり意味があるなあと思いました。


たまたま見ているとサングラスの西洋人が同じ順路で歩いていて、よく見ると、U2のボーノでした。カフェに入ると彼が奥さんと娘とお茶しているところでした。
パラッツォ・グラッシPalazzoGrassiは大運河canala grandeに面した館を改装した建物で、外側はヴェネチアの古風な大きな館なのですが、内部は鉄骨による近代な空間になっています。バルテュスの華麗で残酷な絵を見ながら、ふと窓の外をみると運河を船が行き交っていました。バルテュスの絵とこのヴェネチアの都市空間が見事にマッチしていると感じました。
by takumi1956 | 2005-12-27 15:33 | 美術 | Comments(0)
エドワード・ホッパーの演劇性
以前Edward Hopperエドワード・ホッパー(1882-1967)の回顧展を広島で見たことがあります。
ホッパーの作品には、Nighthawks(1942)に代表されるような孤独な都市生活者を描いたものと、日を浴び建つ家の絵や陽光の中のヨットなどの静物画とがあります。以前からこの人物画と家などの静物画とを、同じ作家が描いているのが私には不思議でした。しかしこの展覧会を見てすこし訳がわかったような気がしました。

その展覧会ではホッパーの最後の作品が展示してありました。どんな作品かとおもっていたら、なんとステージの上に老いた男女の役者がカーテンコールの拍手をうけながら手をつないでお辞儀しているデッサンでした。ホッパーは青年時代、演劇活動をしており、奥さんとはそこで知り合ったようです。死ぬ前に彼は自分と妻の二人がカーテンコールを受ける絵を描いたのです。つまりホッパーは一貫して演劇への関心を持ち続けていたのです。
その観点で彼の作品を見ていると、じつは彼の絵が演劇的なものだといことがわかります。都市生活者の孤独は夜の灯りや日の光のもとで現れてきます。それはちょうど舞台の上でスポットライトを浴びた役者のようです。そして何気ない家の絵の連作もじつはスポットライトをあびてすっくと舞台に立つ役者のように日の光を浴びながら家が建っていることに気づくのです。彼は舞台の上に光を浴びて立つ役者として人々や家などの静物(ヨットなども)をとらえていたのです。

デビット・リンチという映画監督はこのホッパーの影響がとても強いように思いますが、それもホッパーのなかにある演劇性、とくに役者を光によって浮かび上がせることに、リンチが強く感応しているからではないかと思いました。
by takumi1956 | 2005-05-05 00:16 | 美術 | Comments(0)




鴨川左岸にて
by takumi1956
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