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カテゴリ:マンガ
  • ベルばらトークショウ
    [ 2011-03-27 21:54 ]
  • 恐るべき子どもたち
    [ 2011-03-14 18:25 ]
  • 内田善美
    [ 2011-03-06 19:23 ]
  • 『百日紅』杉浦日向子のサイン本
    [ 2011-03-03 00:43 ]
  • ジェニーの肖像
    [ 2011-02-23 20:39 ]
  • 京都精華大学卒業制作展
    [ 2011-02-20 20:48 ]
  • マンガの大人げない「大人買い」
    [ 2011-02-12 01:44 ]
  • 萩尾望都
    [ 2011-01-24 01:27 ]
ベルばらトークショウ

京都国際マンガミュージアムで、池田理代子さんの『ベルサイユのばら』のトークショウがあった。
4時からの開演のために10時10分にミュージアムに行って整理券をもらう。
すでに大勢の人が来ていて、整理番号が78番だった。
いったん、ミュージアムを出て、喫茶店で、ツバイクの『マリーアントワネット』を読む。
この歴史小説に想をえたとはいえ、池田理代子さんは実在の人物に、なんとみごとな登場人物たちを織り込んでいったことか。

待ちかねたトークは大変興味深いものだった。忘れないうちにそこでの話の内容をいくつかを書いておこう。

登場人物を作るのは、論理的にやっているとのこと、マリーアントワネットの近くでその相手をしている人物がいるだろうから、そこでオスカル。オスカルの相手をしている人物としてアンドレ、という具合。そうやって枝葉をひろげるように広がった人物をこんどはまとめるようにする。マリーアントワネットの最後の世話をしたロザリーという田舎娘を、首飾り事件のジャンヌの妹としてまとめる。マリーアントワネットを助けようとしたジャルジェ将軍の娘をオスカルにする、というぐたいに、枝分かれした人物たちを、まとめて同じ人物にしていく。
里中真智子さんも同じことをしているようだが、人物の表情を描く時に、机のうえにおいた鏡にむかってさまざまな表情をして、その自分の顔をみながら描いている。
演劇的なのか、という質問に対しては、自分は大柄なのでいつも学芸会のお芝居で役をもらえたが、すぐに下ろされていた。役者としては大根だった。ただここでロング、ここはアップ、ここは下から撮るという風に、すぐに浮かぶ。また最近はオペラを演ずるだけでなく演出もしている、とのことだった。池田さんには、きわめて演出家的な発想力がはじめからあったようだ。
声楽家として活動できる時期は限られているので現在は、声楽活動をしている。演出もしているが、演出をつけるとき、絵に描いてみせることがあり、その方が話が早かったりする、とのことだった。
また池田さんいわく、描いているときにはそれぞれの人物の気持ちになりきっている。だから、どの登場人物も、たとえ悪役であろうと、それぞれに好きである。だから池田理代子にはほんとうの悪人が描けないと言われるのだけど、とのことだった。
当初Gペンもつかったが、ふつう和筆をつかっている。髪の毛などは丸ペンをつかっている。描くときは全身の力を手首でうけとめて、そこでおしとどめて繊細な線を描いていく。体力が落ちてからうまい線が一時描けなくなった。いい和筆をまたみつけることができたのでまた細い線が描けるようになった。筆がとても大切である。
色は水彩絵の具。とくに日本画につかう絵の具が具合がいい。
アシスタントは当初は1人、最後のころは3人くらい。少女マンガは顔、とくに目が命なので、自分で描かなくてはいかない。少女マンガでは分業はしづらい。当時、マーガレットの表紙を飾っていた作家(失念!by私)をみると、まつげの一本一本のさらに下に、セピア色のまつげが描いてあった。自分も神経をこめて、一本一本を描いていた。
週刊でマンガを描くということは生活のすべてを犠牲にしなくてはできなかった。仲間の作家で、このままでは自分の世界は窓から見える四角の世界になってしまうと言って廃業した人がいる。漫画家仲間では3ヶ月で離婚した人もいる。当時の少女マンガ家の気ばらしは、編集者にデパートの遊園場に連れて行ってもらうことだった。
連載中はクーラーもなく、ねじりはちまきで首や手にもタオルを巻き、汗が原稿用紙につかないようにした。
絵のデッサンが狂っていないかは絵から遠ざかって見る必要がある。しかし老眼になりはじめて、絵を描く時には、まるで棟方志功みたいに原稿用紙に顔を近づけている。ともあれ、仕事場での自分の姿は人にはみせられない。
仕事場から出られないので電話魔が少女マンガ家には多かった。(収入が増えたらまず最初に電話を買った。仕事は電話からやってくる、というのが漫画家仲間の言い回しだった)。池袋に住んでいた里中真智子は、「池袋の電話魔」といわれていた。里中さんとは8時間電話したことがある。途中トイレにいったり、話すことがなくなったから歌でも歌おうかと歌ったこともある。
いつ、ベルばらを描こうとおもったか。17歳の時、夏休みの課題図書のツバイクの『マリーアントワネット』を、千葉の柏市の巡回バスの中で読み終えた時、マンガか映画かお芝居かわからないけど、とにかくこれを作品にしようと決意した。『ベルサイユのばら』という題も、その時に決めた。21歳で「大型新人」としてデビュー(4回ものの連載と別冊読み切りでデビュー)し、実績を積んで24歳で、週刊マーガレットで、ベルばらを連載を始めた。当時は、女子供に歴史物などできるかという風潮でそれをはじき飛ばしたいという思いだった。
また当時は、マンガの地位は低く、少女マンガはさらに低いという風潮だった。それをはねのけたいという思いがあった。
大ヒットは予想していたか、という質問に対して、予想していたとの答え。またヒットしなくて連載をつづけられなかった。しかし、マーガレットの読者対象は12歳くらいまでの女の子だったが、それよりも年配の女性、さらには男性の読者からも反響があったことは予想外だった。さらにきわめて日本的な自分が描いた作品が、イタリアやフランスなどの外国から反響があるとはおもってもいなかった。(イタリアの文学のシンポジュームにも呼ばれた)。
祖父が職業軍人なので、その写真や軍紀などがとても参考になった。
オスカルの人物像には、ジェンダーにしばられない人間を描きたいという思いがあった。
少年愛もの、というくくりには反対。萩尾望都さんの作品もけっしてそうしたジャンルを描こうとしているのではないだろう。あくまでも人間のありかたとして描いているのだろうし、すくなくとも自分は人間を描こうとしたのである。
大月(マンガ夜話司会者)の質問。ベルばらは子供向きとして描いたのか?答え:マーガレットの読者である少女向けに描いた。『オルフェウスの窓』は、少女マンガの枠を超えざるを得ないと感じ、月刊で連載した。
性同一性症候群については、『クローディーヌ!』で描いた。
トークショーの終わりに、池田さんは、じつはファンや読者の集いで話すのはこれまで好きではなかった。これまでかならず、あなたなんか〇〇先生に比べたらたいしたことないわ、とかいうような人がいたりした。作品を評価するときには、自分の好き嫌いだけで評価してはならない。自分は好きだけど、作品としてはたいしたことないというものもあれば、自分は好きではないけど、作品としては優れているというというものもあるのだから。今回のトークショウは偏狭なファンではなくて、よく読んだ上でのいい質問をしてくだり、たいへん気持ちのよい会でした、とのことだった。好き嫌いでの評価でなく、普遍的な作品評価が必要、というのはほんとうにわが意を得たりの気分だった。

たいへん、充実したトークショウだった。池田理代子さんはほんとうすばらしい作家なのだと感服した。
『ベルサイユのばら』はまさに少女マンガの「革命」だったのだなと思った。
さっそく、帰りに、『オルフェウスの窓』と「クローディーヌ!」が収められた『池田理代子短編集3』を購入。
by takumi1956 | 2011-03-27 21:54 | マンガ | Comments(2)
恐るべき子どもたち
ジャン・コクトーの『恐るべき子供たち』(中条省平・中条志穂訳)を読む。コクトー自身が描いたイラストが、とても素敵だ。ピカソとマチスを足して二で割ったみたい、というとかえって失礼か。

今日、御所の帰り、御池通の進々堂で、萩尾望都の描いた『恐るべき子どもたち』を読む。すぐ読み終えるが惜しくて、何度も中断するのだけど、結局、読み終えてしまった。うーん、すごい。原作と比較するつもりだったのだけど、むしろ翻訳を読んだときの読みの浅さから私が救ってもらったという感じ。恐るべき萩尾望都。
この後、メルヴィルによる映画化を見るつもりだったのだけど、萩尾望都作品のイメージを心にとどめたくて、なんだかすこし躊躇している。


追記
忘れないうちに、書いておこう。
アガートとポールが相思相愛であることを両者から知らされたエリザベートが二人をあざむき引き裂いた後、手術を終えた医師のように手を洗う場面で、萩尾望都は、右ページ上に血を洗い流す手を描き、「手についた血のりをおとして---マクベス夫人」と吹き出し枠のないせりふを書き込んでいる。卓越した解釈だと思う。




by takumi1956 | 2011-03-14 18:25 | マンガ | Comments(0)
内田善美

大学時代、ドイツ語クラスの同級生を、車で岐阜に帰る途中、しばしば一宮の家まで送っていったことがある。3姉妹の家庭で、男兄弟3人の私の家とはまるで雰囲気が違うのでびっくりしたことがある。その3姉妹は少女マンガの大変なファンで、いい作品は雑誌から切り取って保存しており、私にも切り抜きを貸してくれた。その借りた少女マンガでもとりわけ印象深かったのが、山岸凉子の『アラベスク』と内田善美の「秋のおわりのピアニシモ」と「空の色ににている」だった。
なんだか吸い込まれそうな美しさに満ちた作品で、いつかまた読んでみたいと思っていた。でも今日、ネットで検索したら、もう筆を折っており、しかも作品もずっと品切れの状態だという。新作は読めないにしてもせめてあの深い湖の縁に立つような気持ちにさせてくれた作品をもう一度よみたい、と思うのは、きっと私だけではないだろう。
by takumi1956 | 2011-03-06 19:23 | マンガ | Comments(0)
『百日紅』杉浦日向子のサイン本
三条京阪のブックオフに行ったら、杉浦日向子の『百日紅』(実業之日本社)1,2,3巻が並んでいた。表紙をめくると、「杉浦日向子1990.12.15」と3冊とも、筆ペンらしきもので、サインしてある。「これって杉浦日向子のサイン本?!」と思い、550円×3冊を即購入。はたしてほんとうに杉浦日向子のサインかと疑ったが、ネット上で調べた杉浦日向子のサインと、同じだった。サイン本がブックオフに流れてくるなんて。でもいい買い物をした。あのきれいで品のよかった杉浦さんに目の前でサインしてもらったような気にちょっとなれてうれしい。


by takumi1956 | 2011-03-03 00:43 | マンガ | Comments(2)
ジェニーの肖像
萩尾望都の『マリーン』を再読して、ロバート・ネイサンの『ジェニーの肖像』(創元推理文庫)が読みたくなって、四条通のジュンク堂まで出かけて買い、いつもの中庭のある寺町通の喫茶店で読む。

萩尾望都の『マリーン』は、現在彼女のマネージャーをしている今里孝子の原作によるものとなっている。でも主人公が出会う少女はふしぎなことに会うたびに成長して娘となって主人公と恋に落ちる。しかし現実の彼女は彼とはじめて出会った直後に死んでしまう、というのは、あきらかに『ジェニーの肖像』の影響を受けたものだろう。
以前、スチューデント・タイムでそのあらすじを読んでいて、いつか読みたいと思っていたのだけど、ようやく今回読むことができた。文庫本で160頁足らずの中編なのだけど、見事な余韻を残す作品だ。現実の出会いとその直後の死から、時間をさかのぼって、彼女の幻が、幼女のときから、少女、娘となって、主人公を訪れる。二人の時間はさかのぼることはあっても、けっして未来には進まない。結ばれることを誓ったその時のままだ。
このある時点からさかのぼることはあってもけっして進まない時間というテーマは、彼女の作品『みずうみ』(ウは宇宙船のウ)や『金曜の夜の集会』(『半神』文庫収録)などにもみられる時間構造なのかもしれない。
by takumi1956 | 2011-02-23 20:39 | マンガ | Comments(0)
京都精華大学卒業制作展
昼過ぎに、京都国際マンガミュージアムに寄ったら、
『京都精華大学卒業制作展』が開催されていた。
アニメーション学科の作品が上映されていた。
みんなびっくりするほどうまい。ほんとすごいなあ。
とくに、石田祐康氏の「rain town」はすごい完成度。
雨が降り続ける廃市、の背景画がすばらしいし、
水たまりに映った少女の影や雨の波紋、
マンホールの水の中に落ちた少女の姿など
息をのむような美しさ。
もう十分売り物のなるレベルだと思った。
全般にどれもとても絵がきれいなのだけど、お話が弱いので、
なにか予告編かプロローグをみているような気がしてしまうのが難と言えば難だろうか。
ついつい絵の美しさを追求してしまって、ストーリーがおろそかになりがちなのは、
日本のマンガやアニメにありがちな傾向なような気がする。
でもともかく大学卒業生がこんなに高いレベルというのは、
さすが日本のアニメの実力はすごい。
アニメ上映が終わったのが、閉館まじかだったので、
マンガや絵本の卒業制作がみれなかったのが本当に残念だった。
by takumi1956 | 2011-02-20 20:48 | マンガ | Comments(0)
マンガの大人げない「大人買い」
ひょんなことから、マンガについて講義しなくてはいけなくなり、このところ、大量のマンガを、(大人げない)「大人買い」している。
白土三平の『忍者武芸帳』と『カムイ伝』もしかたなく買った。『忍者武芸帳』を半分ほど読んでいるけど、ちゃちな歴史認識で、こんなものを大げさに評価した学生運動くずれたちはほんとうにあほらしい。しかも「生態史観」とか「白土史観」とかおだてられてその気になって、いつまでたってもおわらない『カムイ伝』を書くことになった白土三平も錯覚もはなはだしい。学生運動くずれの芸術論とかマンが論はほんとうにくだらない。
反面、無理して買ったり読んでいて再評価することになったのはちばてつや。記憶にあったよりもずっと見事な絵と構成で感心した。ちょうど『KAWADE夢ムック総特集ちばてつや』が出たので買ったら、大友克洋がちばてつやのマンガを模写してストーリーの語り方を勉強したと語っていた。たしかにじつに安定したみごとな語り方になっている。さっそく『あしたのジョー』を全巻購入することにしたのだけど、ちょうど映画の公開と重なって、古本も大変な高値となっていて出費が痛かった。
さらにさけては通れないのが、『ガラスの仮面』。「昭和24年組」以前の少女マンガの描き方なのだけど、圧倒的な物語力。とくに劇中劇の手法がほんとうにおもしろい。と思っていたら、ガラスの仮面の中の劇中劇を整理しているファンのサイトまであって驚く。さっそく、ラジオドラマ「たけくらべ」を検索して聞く。NHK1968年1月1日放送、1983年5月1日再放送のものとのこと。出演:渡辺美佐子(na);二木てるみ,中村米吉(五代目歌六),池田秀一,小池正史,松山省二(政路),桑山正一,鈴木光枝,富田恵子,於島鈴子;劇団こまどり,劇団若草.川崎清:効果,箱崎敏行:技術,平野敦子:演出。
『赤ひげ』の仁木てるみ、『次郎物語』の池田秀一はなつかしかったが、すばらしく、さすが天才子役と言われただのことはある。とくに池田秀一の色っぽい江戸弁は秀逸だ。
『ガラスの仮面』の劇中劇の『若草物語』のDVDを買ったりして、当分、赤字の日々がつづきそうだ。
by takumi1956 | 2011-02-12 01:44 | マンガ | Comments(0)
萩尾望都
国際マンガミュージアムに行って、萩尾望都の作品をいくつか読む。
『完全犯罪―フェアリー 』という作品をはじめて知って読んだ。
甲斐バンドの曲を作品のなかにちりばめた(コラボレイトした)作品。ミュージカルスターが絡む殺人事件がテーマ。甲斐バンドの曲をほとんど知らないけど、それでもぜんぜん楽しめた。すぐれたミステリー(謎解き)。ネットで一部酷評があるけど、信じられない。殺された娘は、岡崎京子の『ヘルスキャター』のような娘。もっと評価されていい作品なのでは。やっぱり萩尾望都はすごいなあ。
by takumi1956 | 2011-01-24 01:27 | マンガ | Comments(0)




鴨川左岸にて
by takumi1956
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